「んー…じゃあここは?」
「うー、わかんないよー!ねぇ、もう答え教えて?小々田先生っ」
「だめだよ。このくらい自分で考えなさいっ」
「このくらいじゃないよー!ね、お願い…ココっ」
ココ、の部分にやたらと熱を込めて、口を小さくすぼめる。その表情と声に陥落すまいとしかめっつらを作ったものの、すぐに押し負けて吹き出した。
「…ったく…しょうがないなあ」
「教えてくれるの!?やったー!だーいすきっ、小々田先生っ」
声を弾ませてはじける笑顔で笑う。横目でそれを見ながら、ココがふっと笑った。
「…小々田先生、なの?」
「…え?」
「…のぞみが大好きなのは、“先生”の僕?」
顔を近付けてのぞみを覗き込む。すると、一瞬も表情を変えずに、ゆったりと笑って答えた。
「…そう。小々田先生も、ココも、どっちもおんなじくらい大好きだよ。先生でも先生じゃなくても、ココはココだもん」
「…じゃあ、先生なんてやめちゃおうかな」
「…どうして?」
微妙にためらったように尋ねた。
「…先生やってる時はのぞみと一緒にいられないから。先生じゃなくなったら、一日ずーっとのぞみと一緒にいられるよね」
「わたしも学校行かなきゃいけないよ?」
「元の姿で鞄に入っていられるよ。いつかみたいに」
「ココの授業楽しみにしてる子、いっぱいいるよ?」
「のぞみにだけ授業してあげる」
そこまで言うと、じっとこちらを凝視していたのぞみが視線を逸らして息をついた。
「…ココだって楽しみにしてるじゃない。先生、好きでしょ?」
「…なんで?」
「…好きじゃなきゃ、あんなに一生懸命準備したり遅くまで起きてたり、頑張れないよ。わたし、知ってるんだから」
「…のぞみ…」
あーあ。今日も負けだ。
はぐらかして冗談まじりにからかうつもりが、いつもいつも結局はのぞみに言い負かされている。
歳だって経験だってこっちの方が上のはずなのに、そういうことじゃないんだろうな。
「じゃあね、今だけ、わたしだけのために授業してくれる?小々田先生?」
ココの首に手をまわして、ちょっと首を傾けて尋ねる。上目使いは禁止だよ、本当に。
「…はい、喜んで」
「うん、ありがとう」
にっこり笑って、ほんの少し顔を近づける。のぞみの体を僅かに抱き寄せて、唇を触れ合う。
勝利のご褒美に満足したように、ぱっと離れて教科書を開く。
この幼い、ようでいて聡い笑顔に、僕が敵う日は来るのだろうか。
得意げな笑顔を見ているうちに、そんな考えも馬鹿らしくなってきた。
「さ、勉強始めるよ。やるからには、スパルタでいくからね!」
「えーっ、ほどほどにしてね、小々田先生っ」
困ったような、それでいて楽しんでいるような表情。
二人で、声をあげて笑った。