「しっつれいしまーす!」
ノックもなく返事もまたずに威勢よくドアを開けて入って来たのはりんだった。文化祭の衣装のコック姿が妙に似合う。
「ちょっと…ノックくらいしたら?」
「いーじゃんいーじゃん。先生に聞いたらここだって言うからさ。こんな時間まで残ってるのなんて小々田先生くらいだもんね」
「…いいけど。なんか用?」
「いーもの見せてあげるよ。ほらっ、出てきなよ」
「……やっぱり恥ずかしいんだけど…」
聞き慣れた声が、りんの後ろから怖ず怖ずとこちらを見上げる姿に驚いた。
「それ…」
「じゃーん!似合うでしょ!」
「ー……」
一瞬、鼓動が自分でも驚く程に脈打った。どうしてだろう。その一瞬で、その姿に虜にされてしまったのかもしれない。そこには、ふわふわのスカートに大きなリボン、まあいわゆるメイドさんの格好をしたのぞみが、顔を赤くして立っていた。
「さっすがクラス選抜の5人だね。似合うよー、のぞみ」
「じゃんけんに負けただけでしょ!?もー、やっぱり恥ずかしいよ、りんちゃんっ!」
りんの後ろに立って全身を見せようとしない。だがりんが軽く身をかわし、ココの方に軽く背中を押した。
「…のぞみ」
「どう?感想は?」
腕を組んで笑うりんをちょっと睨んでから、ココを振り向いて見上げる。顔を直視できないのか上目使いになるのがまた可愛いかった。
「……かわいい…」
「…えっ…」
感想は、と聞かれたらそれしか言えない。たっぷりのフリルもきれいなレースも真っ赤なリボンも、これでもかと言うくらい彼女に似合う。
「…」
近くに来たのぞみをちょっと離して、全身を眺める。ちょっとスカート短いかな。それに合わせた長いソックスも可愛いけど。
「………鑑賞会は終わりましたか?先生?」
さっきから、にやにやしながらりんが僕を観察してたのは知ってる。のぞみから目が離せなかっただけで。
「…じゃあ私そろそろ行くね。仕出し係りあるから!」
小さくウィンクすると、ピシャンとドアを閉めて走っていってしまった。取り残されたのぞみはまた顔を真っ赤にしたままだ。
「……っひゃ!?」
「全然僕の方見てくれないから。顔、見せて」
腰の辺りを高く抱き上げて、のぞみを見上げる。びっくりした拍子にばちっと合った目を覗いた。
「…恥ずかしいよ…」
「…似合ってるよ、それ。…ほんとに可愛い」
「…あ、りがとう…」
本当に顔を真っ赤にして、ココを見下ろす。
抱き上げられて身動きできないままココを見つめるしかできない姿がまた可愛かった。
そんなのぞみを見てるうちに、ついついからかいたくなってしまう。これはもう癖なのかもしれない。のぞみの反応がいつもいつも可愛いから。
「…このまま僕が押し倒しちゃっても、だれも来ないね。どーする?」
「どうする、って…」
「…はは。冗談だよ」
また顔を真っ赤にするのぞみが可愛い。冗談なんかじゃなくて、本当に押し倒しちゃってもいいんだけど…とか、やましい考えを意識して頭の隅に追いやる。
「…でも、こんなに可愛い子がいるなら、文化祭当日が心配だな」
「なんで?」
きょとんと首をかしげる。のぞみはまだまだわかってないな。
「なんででも。今からりんにキツーく言っておかなきゃね」
「りんちゃんも知ってるのに、わたしには教えてくれないの?」
表情がころころと変わる、膨れっ面がまた可愛い。抱き上げた腕をそっと緩めて近くに寄せる。
「…のぞみは知らなくてもいいんだよ?」
そう言って、顎に指を掛ける。唇を開かせて、視界を閉ざしたのぞみにー……
「ちょっとのぞみ!いつまで油売ってんの!メイド組だけでミーティングやるってよ!」
「あ…はーいっ!」
びっくりしてココの腕の中で縮こまるのぞみを残念そうに見下ろしてから、ココは頭をぽんぽんと叩いた。
「…いってらっしゃい、メイドさん」
うん、と頷いてから、ココの腕をするりと抜けてぱたぱたと走っていく。離れていく温もりを見送りながら、あと1秒…いやもう少し…あればよかったのにと思う。
「…可愛いからって襲ったりしないでよ?小々田センセイ?」
「……はい」
参った、言うように頭に手をやる。小さな背中を追いながら、りんとココが、二人同時に吹き出した。